鍼灸 Q&A
Q:鍼灸についてほとんど知識がありません。最近テレビなどで鍼灸が紹介されますが、今まで一度も鍼灸に行ったことがありません。整形外科で電気を当ててみたり、病院には行き慣れてるので普通に行けるし、信頼感もあるのですが、鍼灸というのは分からないし、ちょっと怖くて行けません。
でも月に1、2回定期的に鍼に通っている友人もいます。
A:鍼はそもそも古くから東アジアで行われている伝統療法のひとつで、日本では6世紀から行われています。
江戸時代中頃までは伝統的な鍼灸理論(後世派)に基づいて行われてきましたが、それ以降はさまざまな古典解釈による多種多様な方法が用いられるようになり、現在では伝統的な鍼灸教科書に基づいて伝統医学的鍼灸を行う鍼灸師と、現代医学的な考え方に基づいて現代医学的鍼灸を行う鍼灸師とがいます。
ひとつ安心してもらえることとしては日本で鍼をするには少なくとも3年学校に行き、解剖学、生理学、病理学、臨床医学各論、総論、鍼灸理論、経絡経穴概論、その他諸々の講義を受け、臨床実習も済ませて国家資格に合格する必要がある、ということです。
つまり安全に鍼が受けられる、という意味では、有資格者が合法的に行う、という条件さえ守られていれば日本全国どこで鍼を受けても大丈夫なはずです。
Q:鍼といえば陰陽五行とか中国何千年の歴史とか、そういうのが今でもそのまんま行われているのかと思っていたのですが、そうじゃないんですね?
A:今ほど長寿な時代はないですよね?その中で鍼というものをどういう風に応用するか?ということに鍼研究者らの関心が向いている印象があります。
現代医学でできることは現代医学で治療すればいいんです。でも脊柱管狭窄症、線維筋痛症、不眠、月経困難症なんかもそうですけど今行われている普通の医療を受けているにも関わらず、痛みやその他の不調に苦しんでいる患者さんがたくさんいます。
それらの症状をなんとかできないか?ということで注目されてきたのが補完代替医療で、漢方薬や太極拳、ヨガ、瞑想なんかがありますが、痛みに関してもっとも注目されてきたのがおそらく鍼であると思います。
Q:鍼を挿す時に、その鍼を挿した部分では何が起こっているんですか?
A:チキンとか料理したりする時にちょっと引っ張ったりすると白い膜がありますよね?あれがツボや鍼の効くメカニズムと密接な関連があるんじゃないか?という研究が2002年にバーモント大学のグループによって報告されて以来、鍼周囲の筋膜、結合組織の中で生じる変化について、その中にいる細胞の形態や機能の変化について数多くの研究が報告されています。
鍼を挿して筋膜結合組織のコラーゲンに鍼先を圧しつけたり、巻いてトルクをかけたりすると組織中の線維芽細胞に変化が起こります。線維芽細胞というのは筋膜を作ったり壊したりしている細胞ですが金平糖型をしていた細胞が鍼をしてズーンとひびかせてから数分するとフラットな形状に変化して、本来細胞のエネルギーとして使われるはずのATP、アデノシン三リン酸を吐き出してきます。
自己分泌というのですが、この吐き出されたATPがADP、AMP、アデノシンと分解されてその近隣の痛覚受容体、ノキセプターに結合すると痛みが抑制されるというメカニズムがロチェスター大学のグループによって2010年にネイチャーという有名な雑誌に発表されました。
いわゆるツボ、鍼用語では経穴というのですが、身体中の皮膚上に定義されたこれらの点が皮膚の下、皮下組織や筋肉、筋膜、骨といった・・・鍼治療では皮膚を地上とすれば地下の部分に鍼を挿入していくのですが、どこに針先が当たった時に、どのような作用を生じさせることができるのか?そういうことは実際にはほとんどまだ明らかになっていません。
ただ、ツボにこの深さで鍼をしたらこういった作用メカニズムで炎症が治りますよ、とか、アキレス腱を切ってしまって手術で縫合した場合に鍼をした方がしなかった場合よりも明らかに早くよくなりますよ、とか、少しずつは分かってきています。
そういったツボ関連の知見をまとめるため、MRIやエラストグラフィー、PET、蛍光トレーサーイメージングといった機器を用いた研究プロジェクトがハーバード大学やミシガン大学などの研究者らが中心となって2023年から5年間の予定で進められています。この研究が終了したら、その結果は誰でも見ることができるようになるとのことなので今からとても楽しみにしています。
(Cytoskeletal remodeling of connective tissue fibroblasts in response to static stretch is dependent on matrix material properties. Rosalyn D Abbott, et al. Journal of cellular physiology. 2012.から引用)
2013年ミシガン大学で行われた鍼研究会(SAR)年次集会でバーモント大学のヘレン・ランジェバン医師と
(Mechanical signaling through connective tissue: a mechanism for the therapeutic effect of acupuncture. HELENE M. LANGEVIN, et al. The FASEB Journal. 2001.から引用)
Q:細かい話はよく分からないのですが、ズーンとひびかせるというのはどんな感じなんですか?
A:ハーバード大学とかミシガン大学などでは機能的MRIを使った脳の画像研究が行われていて、鍼をするとオピオイド、エンドルフィン、エンケファリン、エンドモルフィンなどの脳内オピオイドが分泌されることは古くから知られていましたが、いわゆるベーラム鍼、鍼がツボに当たった時にズーンと重たくひびく特有の鍼感覚を生じさせた場合には、生じさせない場合と比べて効果が長続きすることが2008年に報告されました。
「鍼灸聚英」や「鍼灸大成」といった古典的なテキストにも鍼の治療効果を出すために重要な要素であると述べられているのですが、この鍼特有の鍼感覚は痛み、重たさ、だるさ、鈍さ、麻痺感を組み合わせたような感覚です。
またはっきりとした定義はありませんが、この感覚を生じさせるのをベーラム鍼、生じさせないがシャム鍼と認識されていると思います。
鍼灸の適応症
Q:じゃあ鍼は痛みに効く、と考えていいんですか?
A:そうですね。1997年の鍼に関するNIHコンセンサス形成会議以降、鍼研究の数はそれ以前に比べて格段に増加していますが、それらの研究の約4割が痛みに関する研究です。
スローアンケタリング記念がんセンターのVickersらのグループがそれらの数多くの研究を検討し、鍼は慢性の痛みに有効であり、結論はそう簡単には覆らない、とアメリカ医師会雑誌(JAMA)という有名な医学雑誌に発表していますから、少なくとも痛みの治療がうまくいっていない場合には鍼を試す価値はあると思います。
腰痛、頭痛、肩こり、テニス肘、坐骨神経痛、脊柱管狭窄症、変形性関節症、腱炎/滑液包炎、手根管症候群といった疾患の痛みやしびれの症状が鍼の適応症として一般的です。
先ほどのロチェスター大学の研究の他にも、鍼灸が痛みに効くメカニズムについてはかなり多くの研究が行われてきています。
炎症が起きたラットのふくらはぎの筋肉に鍼を挿すだけで炎症が抑制されることも示されていますし、また、慢性の痛みがある状態では脊髄のアストロサイトという細胞が活性化することが知られているのですが、電気鍼治療によってこの活性化が抑制され、痛みが消失することも分かってきました。
Q:どれぐらい通えばよくなるとか、そういうのはあるんですか?
A:3〜6回の鍼治療で症状の改善が見られるケースが多いという報告がありますが、その通りだと実感しています。
やっぱり痛みの症状に関してはよくなる患者さんが大多数です。そのへんは研究結果通りというか。でも全然よくならない患者さんもいます。同じ考え方に則って同じように鍼治療をしても痛みがぜんぜんよくなっていってくれない、そういう場合もあります。
超音波(エコー)
Q:鍼にエコーを使う、みたいな話を聞いたんですけど本当ですか?
A:エコーを使う最大のメリットは安全性の向上です。
エコーで観察すれば、例えば、肋骨まで皮膚から何センチで、その下の胸膜までが何センチ、なんてことが目で見て分かるわけですから、特にリスクの高い部位に鍼する必要がある場合には、エコーなしで鍼する場合と比べて安全性は格段に向上します。
どこがツボか?なんてこともだいたい分かります。そこに鍼先が当たるとやっぱり「ズーンとします」なんて患者さんが言ったりするので。
断層解剖の教科書なんかもあるし、鍼が効くメカニズムなんかもかなりわかってきてるし、エコーもそうですけど、昔に比べてかなり質の高い鍼ができる時代になってきてるんじゃないかな、と思います。
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